トップページ > コラム > 『季刊エス』インタビューより③

――髪型については、『シェリ』を書いた作家のコレットも、元は田舎娘で長いおさげだったのが、パリに出てきてショートカットにして、カルチャースターになっていきましたね。物書きであるところも、『鼻下長』の主役のコレットと重なります。
安野 もちろん要素にコレットは入っているので。ボツにしちゃったんだけど、最初はコレットが田舎から家出してきて、一回結婚したんだけどダンナのDVがひどくて家を飛び出したという設定もありました。
 
――そんな設定も考えられていたんですか。それも大変な…。それでは次に娼館のデザインのお話に移りたいのですが、当時のインテリアなどはいろいろ見たりされましたか?
安野 パリに何回か取材に行きました。向こうでしか買えないメゾン・クローズの資料とか写真集もあるし。お勘定書きとかお品書きの写真とかね。あと、建物の設計図。お部屋の中をこう区切って小部屋を三つ作ったとかがわかるんです。あとは、その当時のパリの地図。どこにどの店があったのかを調べて、実際にその店に行ったりしました。パリは景観を保存しているから、全部建物が残っているんです。スファンクスがあった場所でも写真を撮らせてもらいました。階段とかはそのままなの。お客さんが来る階までは手すりが凄く豪華なんだけど、女の人たちの居住区だった六階から七階は急に超簡素だった。ハッキリとお金をかけていないんです。あと地下室にも入ることができて、そこはちょっと驚愕するところでしたね。今は物置なんだけど、けっこう手つかずで残っていて、作りが完全に秘密の接待部屋なんですよ。だから、地下に降りる階段もおしゃれなタイルだった。お客様の外套をかけるフックとか、すごく装飾的な椅子とかアコーディオン型のストーブもあってカッコ良かったですよ。その時の取材はラッキーなことばかりで、有名な娼館だったワン・トゥー・トゥーの建物に行った時は、職人のおじいさんが入口のリノベーションをしていたんです。「この建物の写真を撮りたいんだけど」と言ったら、「何でだい?」と聞かれたので、理由を説明をしたら、おじいさんは昔そこが娼館だったことを知っていて、「君たちはすごくラッキーだよ」と。その時、まさに当時の扉を取り外すところだったの。「この扉が当時のままここにあるのは、今しかないんだよ。だから、必要なら写真を撮りなさい」と言われて、いっぱい撮った。専門的な人が見れば、蝶番の形で扉の年代が分かるんだって。
 
――漫画で描きたいと思うデザインがたくさんありそうですね。
安野 そうですね。でも、『鼻下長』のメゾン・クローズは豪華なところじゃなくて、わりと中堅クラスなんです。取材の時に、超お金持ちになった高級娼婦のお屋敷を見に行ったんだけど、それはちょっとした城くらいのものだった。装飾が凄すぎて、逆に描くのが大変過ぎる(笑)。――娼館がどんどん華美になっていく感じは異常ですよね。安野 競争みたいなものだったんじゃないかな。「向こうが金箔を貼るなら、こっちはダイヤモンドだ!」みたいな。昔の人ならではの素朴な感情で、無邪気なくらいですよね。有名なのは、ルイ一五世様式の本物のベッドを競り落として、その上での「ルイ一五世プレイ」を売りにしていたりとか(笑)。何が楽しいのか、さっぱり分からないけど(笑)。
 
 
 
――「ここは金を使うところ」という夢空間だったんですかね。
安野 よく資料に出てくるデカい椅子で、いまだに使い方が分からないものもあるみたい。私も考えたんだけど、やっぱり分からなかった(笑)。『鼻下長』にはいっぱい、いろんな変態の人が出てくるんですよ。最初はおしゃれな漫画にしようなんて思っていなかった。単なる変態を描こうと思っていたんです。変態おじさんのカタログにしようと思っていた。なんかね、今の女の子たちがちょっと変態なおじさんに冷たくしているのを見て、「冷たくしてやるなよ。君たちは狭量過ぎる。もうちょっと幅を持って生きていこうよ」と。
 
――なるほど、気になるところですよね。変態というのは、作中では「自分の欲望の形を見つけた人」として描かれていますね。
安野 尊敬の念があるからね。普通の人は「自分はどうしてもこれがやりたい!」なんて思わずに、ぼんやりしたセックスをしているでしょう。それに対して、「どうしてもこうじゃないと嫌なんだ!」というのは、凄いことだと思うんです。


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